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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)381号・昭45年(わ)3848号・昭44年(わ)1444号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕被告人は

第二、松谷こと金幸雄(当一九才)と共謀のうえ、昭和四四年五月三日午前零時半ころ大阪市住吉区中加賀屋町四丁目一六番地先路上において、敷島交通株式会社のタクシー運転手大田洋一(当三五才)が乗車拒否をしたものと誤認してその態度に憤慨し、手拳で同人の顔面を数回殴打し、因つて右大田に対し加療約五日間を要する頭部顔面打撲の傷害を負わせ

第三、同日午前零時四〇分ころ前記第二記載の場所付近において、大阪府住吉警察署警ら課勤務巡査堀口正雄(当二六才)および菊野勇人(当三〇才)が、前記第二の犯行の準現行犯人として被告人を逮捕しようとするや、横田祐行と共謀のうえ逮捕を免れようとして、右堀口正雄巡査の身体を頭突きしたうえにその制服の襟首を掴む等の暴行を加えるとともに、右菊野勇人巡査の襟首を手で掴んで引いたりあるいは押したりしたうえにその右手指に咬つくなどの暴行を加え、もつて両巡査の前記職務の執行を妨害し、その際右菊野巡査に対し加療約二週間を要する右環指挫傷創等の傷害を負わせ

たものである。というのである。<中略>

1 <証拠>を綜合すれば、前記金幸雄の大田幸雄に対する傷害行為の数分後の午前零時三七分ころ、パトカーで警ら中の菊野、堀口両巡査は、本部室から「五一ずし」前付近で敷島交通の運転手が車をこわされ暴行されている。直に現場に行くようにとの無線指示を受け、同四〇分ころ現場付近に到着したところ、大田洋一が手をあげて合図したので停車し事情をきいた。左顔面から出血している大田が「乗車拒否したというて殴られた」「犯人はあいつらです」という趣旨を述べながら、その南方約一〇メートルを歩いてゆく被告人と横田裕行を指さしたので、両巡査は被告人と横田を準現行犯人と認めて両人に近寄り、菊野巡査は被告人に対し「運転手を殴つたことについて聞きたいから車のところまできてくれ」といつて(或程度酒に酔つていた被告人がこの言葉を識別したとまでは認めがたい)同人の左肘を持つたところ、大田の両巡査に対する指示を認識していない被告人は、「何するんや、ポリ公・用はない」といつて振り払つたが、酒に酔つている被告人はそのあと格別抵抗することなく菊野巡査に背中に手を添えられるような形で巡査とならんでパトカーのところまできた。(堀口巡査に「ちよつと話あるからパトカーまでこい」といわれた横田は、同巡査に後肩に手をそえられ素直に同行しパトカーに乗車した。)ところが被告人はパトカーに乗せられようとすると、いきなり両手をパトカーの屋根に、片足をステップにかけ乗車を拒んので、菊野巡査が、ついで堀口巡査も加勢して強力にパトカー内に押し込もうとすると、被告人は「何でゆかなあかん、ポリ公に用はない」などと叫んで乗車を拒むとともにふりむいて、かかつてくる菊野巡査の襟首をつかみ、かつ押しつつその足を蹴つた。その間菊野巡査は「抵抗すると逮捕するぞ」と告げた。堀口巡査は菊野巡査ともみあつている被告人の後ろからはがいじめしようとしたところ、被告人はふりむいて堀口巡査に向い、同巡査が警棒を構えてたち向うと「どつくならどついてみい」と怒鳴りながら頭突きを試みつつ約一〇メートル前進したうえ同巡査の襟首をつかんだ。その間パトカーから降りて割りこんできた横田ともみあつていた菊野巡査が、そこえとんできて被告人をとり押えようとして被告人ともみあいになり、ころんだ同巡査が起き上つて被告人を蹴り、被告人をとり押えようとして右手をだしたところその指が被告人の口中に入つたので、被告人はこれを咬んでしばらく放さず加療約二週間を要する右環指挫傷創を与えた。そのころ数名の警察官が駈けつけて菊野巡査を応援し、抵抗する被告人は足払いをかけられ地上に押えつけられるなどして手錠をかけられたが、被告人はこの間に鼻や口から出血し、身体数ケ所に打撲傷を受けたことが認められる。前掲各証拠には相矛盾する部分があるのでその信用性、正確性について一言すると、本部室からの無線指令の内容、最初の大田洋一からの事情聴取及び同人の指示状況については、無線聴取を担当し、当初から大田に事情をきいた菊野証人の供述記載が堀口証人の供述記載よりも正確性が高く、パトカーの停車から大田の指示までの状況については、両巡査の供述記載の一致度が高いこと、大田証人の供述記載では、大田が巡査に対し指示したとき被告人は一人であつたというが他の諸証拠からみて被告人と横田とが一緒に歩いていたことが明らかであること、大田証人の公判廷供述記載と検面調書の間に差がうかがわれることなどをあわせ考えると菊野証人の供述記載がより信用される。ただし大田が菊野らに対し自動車をこわされた旨まで述べたかについては、大田がその時までバックミラーの状態を確認していたことが明らかでないこと、無線指令に自動車をこわされた旨があつて菊野に先入観があつたことも考えられるので大田からその旨の申告があつたかは疑わしい。次にパトカーのところまでの約一〇メートルの同行について、被告人の当公判廷における供述は、菊野巡査の手を二、三度振り払いながらも半強制的に連れてこられた旨述べるが、(被告人の捜査官に対する各供述調書には、この約一〇メートルの間の状況についての意識された供述はない)、被告人は或程度酒に酔つていたから態度に一貫性のないことが考えられること、菊野巡査は最初に左肘に手をかけ言葉をかけたときから準現行犯人として逮捕に入つたと主張しているのであるから強制力を加えて連行した旨述べても困る立場に立たないと思われるのに一旦手を振われた後は手をつかまなかつたが素直にパトカーまで並んでついてきた旨述べていること、菊野巡査は被告人に対し「ききたいから車のところまできてくれ」という言葉を用いていること、被告人は或程度酒に酔つていて記憶の正確性が高いといえないことなどからみると、パトカーのところまで約一〇メートルの同行状況については被告人の当公判廷における供述より菊野証人の供述記載が信用される。

2 そこで両巡査の公務執行の適法性について考える。

(準現行犯の成否)

右事実認定によれば、大田洋一の受傷後約一〇分で受傷現場の「五一ずし」前付近において、無線指令によつて急行したパトカーに対し手をあげ合図してこれをとめた左顔面から出血している大田が、約一〇メートル南に歩いている被告人らを指さして「あいつらに殴られた」旨指示しているのであるから(巡査の問に対する指示であるが、その以前に手をあげ合図してパトカーをとめている)、両巡査にとつて犯罪が直前にあつたことを外見上覚知しうる事情と被告人らが犯人として追われていると認められる事情が存在したものと認められるから、前記第二事実について認定したごとく被告人も横田も大田に対する傷害犯人ではないが、なお両巡査が被告人らを大田に対する傷害の準現行犯と認定することに違法はない。そして準現行犯と認定しうる事情はパトカーのところまで約一〇メートル同行した当時もなお存在しているというべきである。

(逮捕着手時期)

次に右事実認定によれば、菊野巡査は被告人に対し「運転手を殴つたことについて聞きたいから車のところまできてくれ」といい、同人の左肘を持つたが一度振り払われた後は更につかみにゆかず背中に手をそえるような形でスムーズにパトカーのところまで並んできていること、準現行犯でも本件のような逃げる気配のないときは一応質問してから逮捕するのが通常であると思われるところ、まだ質問も行なわれておらず右菊野の言葉からも平穏に進めば停車のパトカー内で被告人らから簡単に事情をきいたことが考えられることなどを綜合すると、客観的にはパトカーのところまで任意同行であつたと考えられるが、被告人が乗車を拒んだところ直ちに強制力を行使したのでこの時逮捕行為に入つたものと認められる。ところで傷害行為と被告人の結びつきを現認しておらず、被告人から事情もいまだ聞かず任意同行中、被告人が乗車を拒んで「何でゆかなあかん」といつているのであるから、警察官として逮捕するには、タクシー運転手に対する傷害で逮捕する旨を告げて被告人にその旨認識させることが相当であるのに、そのような処置をなさず(パトカーのところにおいても逃げる状況はなくただ乗車を拒んでいるのである)、ただ強力に押し込もうとしたことは適切でなかつたといわざるをえないが、準現行犯人逮捕の方式としては法令に違反するものであるというまでには至らない。次に被告人の抵抗以後逮捕完了までの行為については厳しい実力行使をしているが、専ら準現行犯人として逮捕するために加えた行為であり被告人の行為と関連させて全体として考察するとき警察官の行為は違法であつたということはできない。

よつて両巡査の被告人を逮捕しようとする職務行為は適法性を有していたといわなければならない。

3 次に被告人の犯意について考える。

イ 先づ両巡査の職務の適法性に関する被告人の認識について検討する。

前記第二、第三両事実について認定したごとく、被告人は大田に対する金の傷害行為の共同正犯者といえないこと、酒に酔つて横田と歩いていて大田が両巡査に対し被告人らに殴られた旨述べて被告人らを指示していることを知つていないこと、最初に菊野巡査に左肘をつかまれたとき「何するんや、ポリ公、用はない」と振り払い、その後任意同行で約一〇メートル歩いてパトカーのところに行つたが、そこでパトカーに乗せられようとしたとき「何でゆかなあかん。ポリ公に用はない」と述べていること、酒に酔つていて菊野巡査が最初にいつた「運転手を殴つたことについてききたいから車のところまできてくれ」との言葉を了解していたとまで認めがたいこと、その後両巡査から被告人に対し大田に対する傷害容疑で逮捕する旨告げられていないことなどを綜合すると、被告人は大田に対する傷害の準現行犯人として逮捕されることについて認識せず、何故かわからぬままに両巡査から車に乗せられようとしたために「何でいかなあかん」と乗車を拒んだところ、何の説明もなく、ただ強力に押し込み立ち向つてくるので両巡査の職務行為を違法と考え抵抗をつづけ最後まで違法な職務行為と認識していたものと認められる。(任意同行の職務行為について認識はあるが、これは被告人において拒みうるものである。)

そして大田に対する傷害行為を行つておらず、大田の両巡査に対する指示も知つていないのであるから、被告人の認識事情のもとにおいては両巡査の逮捕行為は違法なものとなるから、本件におけるその職務行為の適法性についての錯誤は事実の錯誤があつた場合にあたるというべきである。(仮りに法律の錯誤としても、被告人に両巡査の準現行犯人逮捕行為が一応適法であることを認識することを期待できない情況である)。

よつて被告人は準現行犯人逮捕の公務執行を妨害する犯意を欠いていたものと、いわなければならない。

ロ 次に被告人の堀口巡査に対する一連の暴行、菊野巡査に対する傷害に至る一連の行為について誤想防衛が成立するかについて検討する。

堀口巡査に対しては、同巡査がはがいじめしようとしてきたところ、ふりむいて頭突きを試みつつ約一〇メートル前進したうえ同巡査の襟首をつかんだ点において、防衛のためではない、あるいはその程度をこえたことになるかということであるが、両巡査はあくまで逮捕制圧しようと強力に向つてきており、堀口巡査にはがいじめされようとしたうえ同巡査は警棒を構えているのであり、被告人は全く理不尽な逮捕と思いながらも「どづくならどづいてみい」という言葉づかいをしているし、頭突きは堀口巡査の身体に当つていないことなどを綜合すると、被告人がけんか闘争として行つたことは認められず、被告人の認識において急迫不正の侵害に対し抵抗したものといわざるをえず右抵抗行為は被告人に対する逮捕行為に対しその程度をこえたものということもできない。

菊野巡査に対しては、パトカーのドア付近で押し込まれたときふりむいてかかつてくる同巡査の襟首をつかみかつ押しつつその足を蹴り、更に被告人が堀口巡査とやりあつた後に被告人をとり押えようとしてきた菊野巡査の指が口中に入るや、これを咬んでしばらく放さず加療約二週間を要する傷害を与えているので、これまた防衛のためから逸脱した、あるいはその程度を超えた行為ではないかということであるが、パトカーのドア付近では被告人が「何でいかなあかん」といつているのに何の説明もなく、しやにむに押し込んできているし、両巡査は終始あくまで逮捕制圧しようと向つてきていること、或程度酒に酔つている被告人が訓練された三〇才の警察官が襟首をつかみにきた手を狙つてその指に咬みつくなどということは至難なことで、菊野証言のその点の供述記載をもつて直ちにそのような行為があつたとはいいがたく、また被告人の本事実関係の司法巡査調書及び検察官調書の簡単な記載からは積極的に咬みついたことを認めるに足らず、被告人の当公判廷における供述をあわせ考えると、たまたま被告人の口に指が入つたのでこれを咬んだものと認めるのが相当であること、被告人は咬む行為を若干時間つづけているが、警官の逮捕行為と被告人の抵抗行為が全力をあげて相当時間つづけられてきた興奮と疲労の時点におけるものであること、更に被告人が逮捕制圧されるまでの警官側の強力な制圧行為、被告人の受傷等を綜合すれば、被告人としてはけんかを行つたものでなく、終始理不尽極まる逮捕と考え、その認識においては急迫不正の侵害に対し抵抗したものといわざるをえず、またその抵抗行為は全体として被告人に対する逮捕行為に対しその程度をこえたものというまでにはいたらない。

よつて被告人の行為は誤想防衛行為であるというべきである。

五、よつて前記第二事実(大田に対する傷害)については犯罪の証明がなく、前記第三事実(公務執行妨害傷害)については、それが罪とならないものであることになるから、刑事訴訟法三三六条によりこれらの点につき被告人に対し無罪の言渡をする。 (吉田治正)

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